2005年07月05日

●松尾@局長早分かり表●

●徳島県生まれ。地元小中学校卒業。絵やマンガを描くのが大好きだった。

●<やまびこ打線>高校野球の(故)蔦監督で有名な<徳島県立池田高校>入学。
聖子ちゃんヘア死守のためにドライヤーとロールブラシ命の時代。

●18歳=高校卒業後、<徳島文理大学短期大学部>入学、栄養士免許収得。
当時全盛期の<おにゃんこクラブ>に入りたかったよ〜〜〜。

●20歳=喫茶店を開くという夢を持ち大阪へ。親戚の家に居候しながら喫茶店学校へ通う。

●21歳=喫茶店の資金作りのために入った会社で営業職につき、営業という仕事に目覚めトップセールスの成績をあげ 1年で課長に。

●25歳=同僚の元夫と結婚。仕事をやめ、主婦業に専念。収入が激減したため、めっちゃ節約主婦時代を経験。
1ヶ月1万円生活まではいかないが・・・節約生活がめっちゃ楽しかった時代。

●26歳=長男出産。母親業にも目覚める。親子サークルに参加したり、いろんなものを手作りしたり。
自分の子供も他人の子供も【人類の財産だ】と感じる。
同時に、空いた時間を利用して、自宅で<手書きのPOP広告 >の通信教育を受講しはじめる(現在の仕事の基礎を学ぶ)。

●29歳=次男出産。趣味と実益を兼ねた<懸賞応募>にはまり、懸賞達人として雑誌やテレビに出演する。
当時懸賞の情報交換をしていた主婦たちと<めちゃ得懸賞がいど>という本を出版。
同時期、懸賞主婦なかまといろんなイベントを企画。 協賛企業を募るために大手企業の広報課に企画書を送り電話の日々。
企画書ってどうやって書くの?ってレベルの私達だったが、3人寄れば文殊の知恵の主婦パワーと 足りないものを補う精神でみんなで勉強した。
(もしかしたら、人生の中で一番勉強になったかも知れない)貴重な時代。

●33歳=長女出産。パソコン購入。インターネットの可能性に目覚めた。
これからは、これで時代が変わると思ってめちゃめちゃ勉強した。
お金がないので、図書館で本を借り独学。欲しい本は図書館にリクエストして買ってもらった。
この頃、<ひらかたプチプチ情報局>を開局。誰も見てくれなくても、いつかブレイクするはずと一人黙々と更新した。

●34歳=次男長女の保育所の入所と同時にチラシ作りの仕事をもらうため、自転車で 地元を営業回りした。
自分の作品のコピーを片手に、パソコンで作った名刺を配りまくった。当時の屋号は<POP屋まつおさん>。
今思えばふざけた屋号だ。
しかし、努力の甲斐あり、ありがたいことに仕事はあった。
SOHO(ソーホー) は自己管理ができればパート勤めよりは割は良かった。
しかし、家庭第一主義の私はそれ以上積極的に仕事を増やすつもりはなかった。1つ1つの仕事を大切に、子育ても大切に。

●35歳=人生の一大イベント<<土地を買って、マイホーム建築>>!!
ネットを駆使して情報収集し間取りを工夫したり、大工さんに毎日差入れをしたりと、夢のマイホームの完成を心待ちにしていた。
ところが、マイホーム完成1週間前に元夫の浮気発覚and浮気相手との蒸発(連絡取れず状態)により、3人の子供を抱えて先の見えない状況に陥る。
もちろん、泣く泣くマイホームは手放し、元夫との離婚を決意し裁判を起こす。
当時の私の収入では3人の子供を食べさせる事ができず、【生活保護】を受けながら、現在のプチクリエイトを一人で起業する。

●36歳=裁判の結果、離婚成立。親権、慰謝料、養育費も獲得。同時に【生活保護】を解除し仕事に専念。

●40歳=おかげさまで誠実な仲間にめぐまれ、プチクリエイトも社員1名、パート1名、SOHOスタッフ十数名という規模にまで成長し、毎日元気に楽しく営業することができています。
かわいい3人の子供たちもスクスク個性的に大きくなっています。

<悲しい時は思い切り泣いて、先の事も考え、周りのバランスもとり、常に前向きに、素直に、チャレンジ精神を忘れずに、一生懸命がんばって生きています。>

投稿者 putiputi : 10:51

△このページの先頭へ


Copyright(c)putiputi.All rights reserved.